Engagement 1話



 辺りは炎で埋め尽くされていた。
 焼け焦げ、燃え尽き、しかしなお勢いは衰えず、全てが炎に飲まれていく。
 その中心。
 少年がうずくまっていた。
 腕には、少女の亡骸が抱きしめられている。
 声なき声で、泣いていた。
 何度も、何度も少女の亡骸をゆする。
 しかし、少女は動かない。
 もう二度と、瞳は開かない。

「ごめん……」

 ぽつりと落ちる声。 
 宝物を扱うように、そっと少女を地面へと横たえる。
 ゆらりと少年は立ち上がると、何かを求めるように、空へと手を伸ばした。
 何も無い空間。
 その空間から、少年の求めに応えるように、それは姿を現した。
 ゆっくりと手を伸ばし、掴み取る。
 やがて。
 か細い鳴き声のような、あるいは朗々と歌うような、あるいは神への祈りのような。不思議な響きが辺りを支配した。
 少年の頬に伝う涙が、ぽつりぽつりと少女の頬を濡らしていく。
 少女の名を、静かに呼ぶ。
 辺りの炎が一層激しく燃え立った。



 * * *



 そこで少年━━月原翠(つきはら みどり)は眼を覚ました。
 寝起きで乾いた眼を潤すように、何度か瞬きをする。
 窓の外からは生徒達の喧騒が聞こえる。
 放課後の教室。帰りのホームルームの途中から記憶がないため、そのままずっと眠っていたのだろう。時計を見て、微かに眉をしかめる。

「また同じ夢か……」

 呟き、大きく伸びをした。このところずっと同じ夢ばかりを見る。どこか見覚えがある気もするし、初めてみる風景のような気もする。夢とはそんなものだろうと思ってはいるが。
 だが。
 夢に繰り返し現れる、動かない少女。
 既にこの世にいない彼女。
 その名前を知っている気がして、翠はもやもやした気持ちを抱えていた。 

「よぅ、翠。起きたのか?」

 教室の外から投げかけられた声に、翠は振り向いて笑みをこぼした。

「衛。待っててくれたの?」

「いや。舞風に呼ばれて職員室にな。それより、今日は検診とか言ってなかったか?」

「うん。これから行くよ」

 声を掛けてきた時津衛(ときつ まもる)は、そうか、と笑うとそのすらりとした長身を翻した。

「んじゃ、途中まで一緒に行こうぜ」

「うん」

 立ち上がり、衛の後を追う。教室を出たすぐの所で追い付き、並んで歩きだす。

「舞風先生に呼ばれたって言ってたけど、何かしたの?」

「ん? ああ、いや。制服をちゃんと着ろ、授業をもう少しまじめに受けろ、とか。そんな感じのことをな」

「へえ。それで、珍しくちゃんと着てるんだ?」

「教室に戻るまでだよ。制服なんて着てりゃいいじゃねぇか」

 言いながら顔をしかめ、衛はネクタイを緩める。対照的にきちっと制服を着ている翠は苦笑して、

「まあそれが先生の仕事だからね」

「解ってるよ。注意をうるさいと思いながら聞くのも生徒の仕事だ」

 くだらない雑談をしながら下駄箱まで行く。そこで衛がふと思い出したように言った。

「そういや、昨日夜更かしでもしてたのか? ずいぶんぐっすり寝てたみたいだが」

「いや、そんなことはないんだけど……。疲れてるのかな」

 夢のことは話さなかった。自分でもよく解らないことだし、悩んでいる訳でもない。ただなんとなく、話したくない気分だった。

「そっか。んじゃ、俺はここで。検診頑張れよ」

「ありがとう。じゃあまた明日ね」

 衛も特に気にした様子はなく、二人はそこで別れた。



  *  *  * 



 世界はカテゴライズによって分類されている。それは世界が世界にあるものを見分けるためのラベルのようなもので、そのカテゴライズが持つ性質によって、物質は変化すると言われている。一般的な生物学上の区別と変わりはない。ただ区別するのが世界というだけ。
 そしてもう一つ。世界には生きる力、即ち生気が存在する。生気は霊気となり、様々な現象を引き起こす。それは例えば魔術のような現象であり、或いは肉体を強化するものであり、或いは超能力のような事象を引き起こす。
生気が霊気でない何かに変質する場合がある。それは妖気と呼ばれ、妖気を持つものは魔物と呼ばれる。それは突如として発生する。例えば伝説上の生物であったり、怪談に出てくる怪物であったり、或いは語り継がれた化物であったりする。
 三十年程前。日本では度々発見される魔物の駆除に手を焼くようになってきていた。
 兵器を投入しづらい状況下において、政府は一つの決断を下す。
 特殊危機対策庁。通称、特危庁。
 魔物は妖気を持つ者である。そのため、妖気と相反する霊気をぶつけることにより、より効率的に魔物を狩ることができる。
 霊気の扱いに長けた者たちを集め、魔物を狩る。同時に今後を見据え、特危庁に所属するための戦士を育成する。そのための学園。
 日本能力開発機構。通称、日能開。そう名付けられた学園は、特危庁と同時に設立・開校された。
 設立後十年。魔物による被害は激減し、優秀な戦士が次々と排出されていく。
 全ては順調に進んでいた。そのはず、だった。
 六年前。忌まわしき年と呼ばれた、その年までは。



  *  *  *



 翠は病院の中を歩いていた。特危庁と日能開専用の国立病院。
 翠はそこで月一度の検診を終えたところだった。

「忌まわしき年、か」

 呟き、ため息をついて天井を見上げる。白い蛍光灯と、同じく真っ白な天井が翠を見下ろす。
 忌まわしき年。それは三つの大事件が起きた年。特危庁で対応することができないほどの大事件が、立て続けに三つ起きた。
 一月。凶禍山襲撃事件。
 四月。児童同時失踪事件。
 そして十二月三十一日。東京で初雪が記録された、とても寒い日だった。悪いことが立て続けに起きた一年だったが、四月に起きた事件を最後に、大きな事件は起こらなかった。翌日と迫った来年に、希望を見出していたその日。事件は起きた。
 特危庁延焼事件。
 突如巻き起こった炎が特危庁を包み込み、全てを焼きつくした。
 年末ということもあり、また小さな事件により少なかった職員の大半が出払っていたため、被害は最小限にとどめられた。
 だが、特危庁が全焼するというその事件は、人々の心に大きなショックを与えた。
 調査の結果、放火や失火ではないとの発表がされ、魔物による襲撃という結論で落ち着いた。
 翠はその特危庁延焼事件に巻き込まれた。
 翠はある事情により、特危庁に身柄を引き取られていた。その日も特危庁の中で、退屈を持て余していた気がする。
 その夜。事件は起きた。
 事件のことを、翠は詳しくは覚えていない。ショックで部分的な記憶喪失になっているらしい。
 そしてその事件以来、翠は霊気を生み出すことができないという体質になっていた。
 全ての生物は、生気を持つ。そして全ての人間は生気を霊気へと変換することができる。カテゴライズ上そうなっている。
 だが、翠は霊気を生み出せない。このままでは世界から人間でないことにされてしまう。
 この特異な現象を防ぐため、月に一度の通院をしている。同時に原因を研究し、カテゴライズという概念の解明の手助けをしている、ということになっている。

「記憶はないはずなのにな……」

 呟き、また一つため息をつく。全てが炎に包まれていくあの風景は、恐らくあの事件なのだろう。
 事件のことはほとんど覚えていない。それなのにあの夢は特危庁延焼事件の夢なのだろうと何となく思っている。
 だが、夢に出てくる見覚えのない少女。その存在が翠の心に焼き付いて離れない。
 ぼんやりと考え事しながら歩いていた翠は、そこでいつもと見慣れない通路に来ていることに気がついた。長年通院をしているため、道を間違えるはずはないと思っていたのだが、どうやら曲がる角を一つ間違えたらしい。引き返そうとしたその時、ふと視界の端に見慣れた顔をとらえた。

「聖さん?」

 間違えた通路の突き当たり。T字路を見知った顔が通って行った。こちらには気づいてないらしい。
 ちなみに、日能開では二学年からパートナー制度として、二人一組で授業や戦闘訓練を受けることになっており、一年時の成績や戦闘特性などからパートナーが発表される。かなり細分化されたクラス替えのようなものだ。
 そのパートナー制により、翠も四月から聖殺華(ひじり せつか)という少女とパートナーを組んでいたのだが……。
 その聖殺華が歩いていたのを見て、翠は首をかしげた。彼女は特に体が悪そうには見えなかったため、通院しているという事実は知らなかった。

(どうしたんだろう。どこか悪いのかな?)

 悪いとは思いつつ、こっそり後をつける。殺華を見かけたT字路を覗き込む。だが、殺華の姿は既にない。見失ったようだった。

(ま、いいか。見間違えかもしれないし)

思い、そのまま引き返そうとした、その時。

 歌が聞こえた。

 途切れ途切れの、か細い声。
 しかし透き通った、やさしい声。
 その声に、何故か翠は懐かしさを覚えた。どこかで聞いたことがある気がする。そんな不思議な気持ちを抱えながら、翠は吸い寄せられるように、声の元へと歩いていく。
 病室の一室。その中から声は聞こえていた。
 そっとスライド式のドアを細く開け、中を覗き込む。
 そこに居たのは、一人の少女だった。
 黒く流れる髪が腰まで届き、開け放った窓から吹き込む風に、柔らかに揺れている。
 白磁の肌は目にまぶしく、見る者を魅了する。
 翠は目を奪われていた。少女の顔がドアのほうを向く。

「えっ?」

 思わず、声が漏れた。
 声に気付いたのか、歌が止む。
 ドアはいつの間にか開いていた。
 中に居る少女。驚いた顔をしてこちらを見ているその顔は。
 

 夢で見たあの少女と同じ顔をしていた。

 
  

















 ルビ振れないんで、人名以外のはこっち。

 凶禍山=きょかざん
 特殊危機対策庁=とくしゅききたいさくちょう
 特危庁=とっきちょう
 日脳開=にちのうかい

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